展示をするにあたって、いつもより多く本を読んていたら、海野弘著『東京風景史の人々』中に気になる文を見つけました。
『〈銀座〉は日本中の盛り場の代名詞となっているが、それはどうしてなのだろう。銀座が盛り場の代表とされるのは、やはり、第一次世界大戦がおわった、一九二〇年代ごろからだろう。なぜ銀座は、それまでの浅草や日本橋などの古い盛り場に変って、勢いを得たのだろうか。どこがちがっていたのだろうか。
銀座は、現代都市生活がはじまり、東京がモダン都市になった時に、新しい盛り場としてあらわれる。銀座はモダンとしにふさわしい幾つかの条件を備えていたのであった。
まず、〈銀座〉という名前がよかったのではないか、と私は思っている。銀座という漢字のイメージと、ギンザという音のひびきが新しい都市にぴったりだったのである。』
(『東京風景史の人々』 海野弘 中央公論社 1988 )
この後に、名前がどうぴったりだったのかという説明(キラキラのギザギザがまさにモダンだといった内容)がつづくのだけれども、その説明に納得するしないに関わらず、〈銀座〉がこうなったのは、名前がよかったから・・・なら、それがいい理由だなと思えました。
いつか「どうして銀座なの?」という質問に「名前がいいから」と答えられたら、私の銀座にいだくもやもやが、少し晴れるかもような気もします。