12月12日から24日まで奥野ビル306号室で開かれた「ベオグラード展」は、田島木綿が、11月にセルヴィアの首都ベオグラードで行った個展の帰国展である。長見有方が撮影した写真のスライド・ショーによって現地での制作と展示の様子が詩的に映像化されている。それを見ると主要作品は、およそ7~8mもあるギャラリーの長い壁面に紅茶パックをなだらかな波の形に並べたもので、造形的にとても美しく、見る者に新鮮な驚きを与える力を持っている。306号室にはその紅茶パックの実物も展示されているが、手で持つ部分には、それぞれ図柄の違う写真がついており、どうやら百個ほどあるパックは作家のお手製のようだ。そこには、大量生産品があふれる現代社会への問いかけも見え隠れするように思える。
展覧会のオープニングに参加していたデザイナーのクネジェビッチ氏による洒落た 挨拶も翻訳され紹介されている。「お茶、もう一杯、どうぞ。これは温かさへの呼びかけ、気持ちをはっきり言ってしまわないで、ほのめかすだけ。この呼びかけにはいつもたくさんの細かな儀式が付き物で、そうやって温かい出会いを引き延ばすのですよね。・・・」 それは日本のお茶の文化について言及しながら作家のアートの根底にあるものをほのめかす素晴らしい文章であり、日本とは関係のうすい東欧の国で高いレヴェルの国際的な文化交流がなされたことを物語っている。
306号室の部屋の中央には、正岡子規や斎藤茂吉の全集本を脚にしたこれも手作りの板の台の上に、4?角ほどの小さな写真が無数に散りばめられている。作家がベオグラード滞在中に街の光景を撮った写真であるが、どんよりとした空と街並みの灰色に、ときおり乗用車の原色の緑や夕焼けの赤い色などがまじり合った不思議な色合いに染まっており、街には固有の色があるのだと再認識させてくれる。このほか部屋全体に配置されているものを、仔細に検討すると、それぞれにある謎が秘められていることが暗示されており興味は尽きない。
会場に置かれた展覧会記録からは、作家がミニマル・アートの考え方を自己の芸術の一つの柱にしているように思える。しかし、ミニマルがもつ形式性を濾過し、見る者を静かに挑発する作品のみずみずしさは、徹底した細部へのこだわりと、それを支える精神、「お茶、もう一杯、どうぞ」に語られているもてなしの美学ともいうべき精神が作家の身体の中を流れているからではないか。部屋を出た後もしばらく、体のほてりを感じた展覧会であった。