ホセイン・ゴルバ展「精神の状況~メッカ巡礼者の衣装」の報告

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展示作品はイラン出身の美術家ホセイン・ゴルバが1991年に制作したもの。イタリアの美術の副読本に現代を代表する作品の一つとして作家の以下の文章と共に掲載された。

鑑賞者に多様な解釈を提供できる作品は、作家にとって価値のある作品と言えるでしょう。
窓の外の風景が一日のうちに刻々と変化して見えるように、わたしは鑑賞の度に作品への印象が変わるような作品を制作したいと思います。
このインスタレーションは、手縫いの白いシャツを床に広げてシャツの左上、ちょうどシャツを着た人の心臓のあたりに赤い立方体の石を置いたシンプルな作品です。
鑑賞者はこの作品を自由に解釈してもらえればと思います―たとえば 「あの石は心臓の重しなのかな」 あるいは 「あの石はシャツが動かないように置かれているのかな」 「色の対比によって、白は赤があることでより一層白く、赤は白があることで一層赤く見えるのかな」 など。

会期中(9月20日~26日、但し24日はお休み)東京ステーション・ギャラリー冨田章館長など100名ほどの来場者があり、初日のトークには座高円寺芸術監督の佐藤信さんほか8名が参加した。トークの要旨は以下の通り。

私は作品の要素として「目に見えないもの」を大切にしている。「目に見えないもの」を美しい言葉で表したのは、「星の王子様」の著者サンテグジュペリで、彼は「目に見えなくても、心で見ることが出来る」と言っている。
この作品のタイトルは「精神の状態」となっているが、これまで私は同じタイトルの作品をいくつか作っている。「精神の状態」は目に見えないものだが、それをどう表現してきたのかを紹介する。1977年の「精神の状態」では、ひまわりが太陽に花を向け、その上に石がのっている作品。これを描いた時は、絵の勉強のためイランからイタリアに来て1年ほど経った頃のことだ。石がのっても太陽に向かって伸びようとしている状態を表している。
1991年には、白いジェッソで型取りした鉢に青いガラスの塊をのせたものを12個、時計のように円形に並べた。円形のスペースには花壇のように土を入れ、バラの花びら撒き、所々に青い顔料を置いた。バラの花、青い顔料、白い鉢が光を受けてとてもきれいだった。
同じ年に造られたのが、この「精神の状態 メッカ巡礼者の衣装」である。メッカ巡礼に着る衣装は決まりがあり、白くて素材も決まっており、手で縫うことになっている。この衣装は死ぬ時にも身に着ける。また、巡礼というのは一度死ぬことを意味する。この作品は1991年の私、つまり故国を離れ、他国で生活している私の「精神の状態」を表していると同時に、世界や社会の「精神の状態」でもある。その時にも戦争は絶え間なく起こり、今日と同じように移民や難民の問題があった。
白い布があり、その形は十字架のような形をしている。そして布の上に重い石がのっている。その重さを軽やかに見せるために赤い顔料を塗った。白と赤という色の幸せな関係を見せたかった。・・・実際には私の精神の重さを表したかった・・

さきほどサンテグジュペリの「目に見えるもの」についての話をしたが、私の作品の根幹にあるのは作品がポエティックであるかどうかだ。そういったことを感じていただければ嬉しく思う。

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床の上に置かれたメッカ巡礼者の白い衣装は、心臓部に乗る重い赤い石と朱色のカーペットと不思議なリズムを醸す。さらに晴れた日に窓から入る陽光を浴びると生命感を漲らせる。多様な意味を持ち、多様な姿を見せる作品であった。

作家はこの作品を過去の作品としてではなく、今日の作品として、今回展示した。会期の半ばにメッカの大惨事の報に接した。朱の床に置かれた巡礼者の衣装が、その報と重なり複雑な気持ちに襲われたことを付記しておく。(文責 西松典宏)