study83

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黑多弘文展
2023年9月2日〜3日
13:00〜19:00

いつかは死を経験するのだから死んでからのことを思いたい。始まりも終わりもないと。

2009年2月。この部屋はあまりにもがらんとしていた。何もない。鏡だけがあって何もなさを映していた。それでも、目に見えないものがあると体が反応した。例えば鼻。人が住んだ何とも言えない匂いだけが充満していた。匂いの重力で押しつぶされそうだ。窓を開ける。今の空気がゆるりと入って部屋がやわらかくなる。

陽がなくなり部屋の中の影が消えた。蛍光灯から下がっているひもを引く。壊れているのかパチンパチンと点滅が続く。部屋が激しく息してるようだ。

点いたり消えたり蠢動する電気の下、部屋隅々を腰を折って何かないかとお宝探し。美容室時代の何か。昔の珍しいもの。オレンジの床がどんよりと灰色の埃の雲に覆われている。ただ見るだけでは見つけられない。明るくなったり暗くなったり明暗の空間をさ迷う。

指で埃を撫でていくと爪に硬くあたるものが。ヘアピンがあちこちに落ちていた。人が手にしたものに触れた喜び。点在する錆たヘアピンは須田美容室の小さなモニュメント。

ヘアピンは誰もいない部屋ですでにキラキラしていた。立ち上がりやっと気づいたのだ。僕は何も見ていなかった。