ビヨウ室探訪第2週  「竜」「白糸の滝」(西松)

美容室では、客と美容師の間の会話や視線は鏡を通して交わされる。鏡は美容室の必需品である。かつて須田美容室であった306号室には、正面に丸い鏡が3面 あるのをはじめ、合計6つの鏡がある。夜になればガラス窓も鏡になるだろうし、まさに鏡の部屋といえる。ある人が調べて見ると、部屋の中 には、すべての鏡に映るところがあるという。部屋の魅力を味わっていただくために、その場所を探求されることをお勧めしたい。

8月第2週 の「ビヨウ展」では、この鏡の特性を探求することがテーマとなっている。アーティストの田島さんと森谷さんを中心に企画された。会場に入 ると、美容室の床の上に30個程の小さな丸い凹面鏡が雲の形のように並べられている。よく見るとそれぞれの鏡の中には壁の鏡が映り込んで 眼のような形がくっきりとみえる。一緒に見ていた観客がこの雲のような造形を「竜のようだ」と形容していた。全体の印象、さらに眼のよう な形が並んでいる様は確かに竜の鱗状の肌さながらである。どこか見る者を威嚇する力を秘めているように思えてくる。凸面鏡では、自分の周 りすべてが映し出されるが凹面鏡では覗きこむ自分の姿が逆さに映る。ここでは世界は反転している。また不思議なことに遠くからこれを見る と凹面の鏡が立体的に膨らんで見える。光の強弱が関わっているようだが、人間の眼は危うい。

控えの間にある洗面器から液体が流れる作品は、硬い鏡に対して、柔らかい水鏡としての液体に注目して構想された。上の洗面器から粘性のシリ コンが下の洗面器のほぼ中央に流れ落ちるように設計されている。二つの洗面器をのせる金属の骨組みは、このために特別に作られた不思議な 造形である。100年後、これが土の中から発掘されたとして、本来の用途を誰が想像できようか。

流れ落ちる一筋の液体は、下の洗面器の上で幾つもの小さな波を引き起こし、ゆっくりと表面に吸収され、鏡の ような面に変わってゆく。まるでスローモーション・カメラで水の動きを見るようで、時間までも伸びているような感覚に襲われる。見ている うちに「白糸の滝」という言葉がついて出た。流れ落ちる液量が少なくなると、白糸の滝はまさに糸のようになり、周りの空気の動きに反応 し、静かに揺れ始める。その動きもじっくり見ていると飽きない。あたりが暗くなったので、懐中電灯の光を当てると、液体に含まれる気泡が 壁に影を作るのも神秘的だ。それは生物の細胞の内部を覗いているような光景であった。世界にある様々なモノが持つ現象や性質は途方もなく 面白い。

タ イトルに「竜」「白糸の滝」という言葉を付記してみた。酷暑の中、涼感が広がる。たしかに、夢中になって鏡とシリコンを見つめている間、 しばし暑さを忘れていた気がした。